膝の痛みと息切れ…趣味も家族時間も奪われていく不安
秋晴れの午後、空は高く、うろこ雲がゆっくりと流れていました。
風は乾いていて、銀杏の葉がカサカサと足元で鳴ります。
「おじいちゃん、こっちこっち!」
孫の澄んだ声が、遊具広場の鉄の匂いと混ざって耳に届きました。
鬼ごっこが始まって、最初の直線は悪くない。
昔取った杵柄ってやつで、体の使い方はまだ覚えている。
けれどコーナーを曲がった瞬間、右膝の奥にキン、と電気が走ったような痛み。
呼吸が浅くなり、胸の奥が熱くなって、足が思うように出ていかない。
ベンチの背もたれに手をついて、なんとか笑顔を作る。
「ごめん、ちょっと休憩」
「おじいちゃん、もう終わり?」
悪気のない一言が、妙に重く胸に落ちました。
額に汗。
指先は少し震えていて、脈は速い。
その様子を見た娘が、遠くから心配そうに目を細めています。
若い頃は草野球で外野を任され、打球を追ってフェンスにぶつかるのも怖くなかった。
50代の頃までは、ゴルフの18ホールを通して歩き切るのが普通だった。
それが今は、後半になると集中が切れて、ショートパットを外す。
ラウンド後はシューズの紐をほどくのもおっくうで、車のシートに沈み込んで動けなくなる日が増えた。
夜、風呂の湯気の向こうで、鏡に映る自分の肩が少し丸い。
「まあ、年相応だろう」
そう笑ってみせても、胸の底に小石のような不安が転がったまま。
階段を上るとき、手すりに手が伸びる回数が増えた。
靴下をはくとき、腰の後ろがつっぱる。
何より、孫と全力で走れない自分が、少し悔しい。
食卓で妻に「最近どう?」と聞かれ、曖昧に笑う。
「まあ、ぼちぼちだな」
本当は、ぼちぼちじゃない。
「このまま、できないことが少しずつ増えていくのかな」
口には出さないその疑問が、寝返りを打つたびに枕元で大きくなる。
“運動はもう無理かもしれない”
そんな私に差し込んだ一筋の光
その数日後。
いつもの喫茶店、窓際の二人掛け。
コーヒーは深煎り。
薄い陶器のカップに口をつけると、香りが鼻腔に当たって、目の裏が少し熱くなる。
店内にはジャズ。
氷の当たるグラスの音、新聞をめくる紙の擦れる音。
午後の光がテーブルの木目を柔らかく照らしていました。
会計の横に積まれた地域情報誌、「月刊いいだ」。
何気なく手に取って、ページをぱらぱら。
目に飛び込んできたのは、水面が光を返す写真。
プールの青。
湯気越しに見える浴室の白。
笑ってストレッチをする白髪の男性。
見出しに「スポーツクラブFLEX」。
小見出しに「初心者や高齢者も安心」「膝・腰に配慮した運動」。
「ここ、知ってる?」
妻に写真を見せると、「昔からあるよね。お風呂もあるところ」と頷いた。
そうか。
“汗をかいたら温まれる場所”というのは、想像するだけで少し救いがある。
記事には、スタッフによるヒアリング、プールを使ったやさしい運動、体力測定という言葉。
そして、医療と連携する取り組みの話。
「見学なら、行ってみてもいいか」
自分に言い訳をするみたいに呟く。
でも指は、誌面の端に載った番号を、スマホに打ち込んでいた。
コール音。
胸の奥が少しざわつく。
「はい、スポーツクラブFLEXです」
明るい声。
言葉が自然に出た。
「見学、したいんですが」
電話を切ると、テーブルの上の影が少し濃くなっていた。
期待と、不安と、少しの恥ずかしさ。
それでも、心の中に、小さな灯が確かにともった。
初心者でも安心。
膝を守りながら始められる運動環境
見学当日。
自動ドアが開くと、ほんのり温かい空気。
プール特有の塩素の匂いが、遠い小学校の水泳教室の記憶を呼び起こす。
フロントのカウンターは木目で、観葉植物の緑が目にやさしい。
「○○さんですね。お待ちしていました」
名札をつけたスタッフの笑顔は、「大丈夫ですよ」と言っているようだった。
まずはヒアリング。
膝の痛みが出る場面、仕事のリズム、睡眠や食事のこと。
ゆっくりと、でも深く聞いてくれる。
急かされないから、言葉がするすると出てくる。
「膝は、ねじる動きと衝撃に弱い傾向があるかもしれません」
簡単な図を描きながら、スタッフが説明する。
「今日は施設をご案内して、最後に少し体を動かしてみましょう」
ジムエリアには、有酸素マシンの規則正しいモーター音。
ランニングマシンのベルトが、サーーッと一定のリズムで流れていく。
フリーウエイトのゾーンでは、ダンベルがゴムマットに触れる、鈍いコトンという音。
そしてプール。
25メートルの水面が、天井の明かりを細かく砕いている。
コースロープが左右に揺れ、誰かが水を切る音が、柔らかく反響して耳に届く。
「水中なら、体重の負担が陸上の約3分の1になります。
膝にやさしく、心肺機能もしっかり使えます」
頭の中で、孫と走った公園の映像に、透明な水のイメージが重なる。
「これなら、やれるかもしれない」
自分の声が、少しだけ前を向いた。
最後に体力測定。
握力、簡単なバランス、柔軟。
現状を数字で見たら、がっかりするかと思ったが、むしろ気持ちは落ち着いた。
「今を知れば、変化がわかる。そこに楽しさがある」
スタッフの言葉が、すっと腑に落ちた。
提案された初期プランは、週2回。
レッグプレスや背中のマシンを軽めに。
その後はプールへ移動しプールウォーキング20分、軽い水中エクササイズ10分。
最後はストレッチと、浴室で温める。
ハードルは高くない。
“やれそうだ”と思えることが、何よりありがたかった。
「無理はしない。けれど、続ける」
その合言葉を、胸の中でそっと繰り返した。
「無理しないのに続く」生活リズムに溶け込む工夫
入会後の最初の1か月は、正直に言えば波があった。
初日は、すべてが新鮮。
2日目は、筋肉痛に少し笑う余裕があった。
3日目、マシンの席に座ってから操作を忘れて冷や汗をかいた。
「すみません、これ、こうで合ってますか?」
隣の台にいた年配の男性に聞くと、「最初はみんなそうだよ」と笑って、重さのピンを一段軽くしてくれた。
知らないうちに、仲間ができていた。
雨の日。
車のフロントガラスに大粒の雫が打ちつける。
「今日はやめてもいいか」
そんな声が頭の中に出てきた瞬間、もう一人の自分が言う。
「30分だけ行って、湯船につかって帰ろう」
その“逃げ道”を用意していたおかげで、エンジンを切らずに済んだ。
曜日を固定した。
火曜と金曜。
もし崩れたら、日曜の午前を“予備日”。
カレンダーに小さく丸をつける習慣が、ちいさな達成感を積み上げる。
2週目の終わり、スタッフが「様子どうですか?」と声をかけてくれた。
「息切れはまだしますが、帰ってからの疲れ方が全然違います」
そう答えると、「その“違い”が続くと、大きな変化になります」と微笑んだ。
プールでは、腕の振りと足の運びを意識する。
水の抵抗を感じながら、肩の力を抜き、胸を開く。
10分を過ぎると、呼吸がリズムを覚えてくる。
20分目のラスト2本は、少しだけスピードを上げる。
上がった瞬間、足裏に重力が戻るのが心地いい。
ジムエリアのレッグプレス。
膝が内側に入らないように、足先をまっすぐ。
重さは“見栄を張らない”を合言葉に、会話できる余裕がある範囲で。
回数よりも、丁寧さ。
1回1回、膝の向きとお尻の感覚を確かめる。
帰りは浴室へ。
湯気が肌にまとわり、ふうっと息が抜ける。
外気に頬を当てると、体の芯がゆっくりほどけていくのがわかる。
「やっぱり、来てよかった」
この一言が、次の来館を連れてくる。
3週目、体力測定のミニチェック。
握力はほぼ変わらず。
でも、立ち座りの回数が少し増えた。
階段を上るとき、手すりに頼る回数が明らかに減った。
数字と体感が、一本の線でつながっていく。
そして、いつの間にかジムで顔を合わせる友人ができた。
「お、今日も来たね」
「金曜は混むから、先にプール行っとくといいよ」
そんな会話が、ルーティンの背中を押してくれる。
挫けそうになる日は、必ずある。
それでも、「ゼロにしない」ことだけは守る。
10分でも、ストレッチだけでも、湯船だけでも。
“完全に止めない”という小さな勝ちを、静かに積み上げた。
孫と笑って走れる日が、またやってきた
始めてから3か月。
朝、靴下をはく動作がスムーズになった。
階段を上る足取りが、明らかに軽い。
ゴルフの後半、集中が切れにくくなって、同伴者から「今日いいね」と言われた。
日曜の午後、あの公園にまた行った。
銀杏の黄色は落ち着いて、空気は少し冷たくなっている。
孫は前と同じように、「鬼ごっこ!」と笑顔で宣言する。
「よし、今日は本気でいくぞ」
自分でも驚くほど自然に、そう言えた。
走り出す。
足が軽い。
呼吸が上手に“抜ける”。
右膝の奥に、あの鋭い痛みは来ない。
曲がり角で体の軸がぶれない。
着地のたびに、太ももの裏がしっかり仕事をしているのがわかる。
「おじいちゃん、速くなったね!」
同じ言葉なのに、胸の中に広がるのは、悔しさではない。
じんわりとした誇らしさと、体の芯から湧いてくる温かさ。
ベンチに腰を下ろすと、息は上がっているけれど、怖さはない。
深呼吸を一つ。
喉を通る空気が冷たくて、肺が生き物みたいにふくらむ。
帰り道、娘が言った。
「お父さん、最近姿勢がいいよ」
妻は笑ってうなずいた。
「顔つきも、ちょっと若くなったんじゃない?」
夜、湯船につかりながら、ふと思う。
健康を取り戻すことは、ただ病気を避けることじゃない。
趣味を楽しむ余裕、家族と笑う体力、自分を好きでいられる感覚。
それらを“取り戻す”ことなんだ。
あの喫茶店で、「月刊いいだ」を手に取った日の、小さな選択。
電話をかけた、数十秒の勇気。
火曜と金曜に丸をつけた、地味な習慣。
全部がつながって、今の自分に届いている。
次は春になったら、孫とキャッチボールをしよう。
ゴルフは、もう少し攻めたラインを狙ってみよう。
そんな“未来の予定”が、自然に頭に浮かぶ。
「まだ、できる」
そう思えることが、こんなにも心を軽くするなんて。
こちらは会員様から頂いた”フレックスに入ったきっかけをリアルなストーリー”を元に弊社専属ライターが読み物として楽しめるよう、ショートストーリーとして執筆しています。










