昨年の健康診断。
会社の休憩室で白い封筒を手に取った瞬間、胸の奥がざわついた。
結果を開けるのが怖くて、しばらく机に置いたまま動けなかった。
それでも、意を決して封を切る。
目に飛び込んできたのは、赤くマーカーで囲まれた数字の列。
血圧、コレステロール、血糖値――すべてが基準を超えている。
診察室で医師に言われた言葉が耳に残っていた。
「このままだと薬を飲み続けることになりますよ」
淡々とした口調なのに、私には冷たい宣告にしか聞こえなかった。
体が急に、自分のものじゃないように思えたのを覚えている。
帰宅後、ダイニングテーブルに結果表を広げる。
蛍光灯の光を受けて、赤い数字がやけに強く浮かび上がる。
「こんなに悪いなんて…」
小さく声に出したとたん、胸がぎゅっと締めつけられた。
けれど、頭をよぎるのは日々の忙しさ。
朝は弁当作りに追われ、昼はパート、夜は家事。
運動の時間なんて取れるはずがない。
過去にジムへ通ったこともある。
でも三日坊主で、会費だけが引き落とされていった。
YouTubeのエクササイズも試したけれど、腰を痛めてすぐにやめてしまった。
クローゼットの奥に眠っているお気に入りのワンピース。
ファスナーを上げても途中で止まり、鏡の中の自分から目を逸らした。
「昔の私には、もう戻れないのかな」
そう考えた瞬間、心の奥に重たい石が沈んだ気がした。
諦めかけていたときに出会った言葉
ある日の買い物帰り。
スーパーの掲示板に貼られたチラシが目に入った。
「スポーツクラブFLEX」
大きな文字の横に、プールを笑顔で歩く女性の写真。
そこに書かれていた言葉が目に刺さった。
「初心者・運動が苦手な方も安心」
「医師連携のサポートで生活習慣病予防」
足が止まった。
これまでのジムのイメージは、若者が音楽に合わせて激しく動く世界。
私のような中年女性が入っても浮くだけだと思っていた。
でも、“医師連携”という言葉が胸の奥に残った。
健康診断の赤い数字。
医師の警告。
「薬を飲み続ける」という未来を、どうしても受け入れたくなかった。
「見学だけなら…」
自分にそう言い訳をして、チラシをバッグに入れた。
心の中で、小さな火が灯った瞬間だった。
私に合った運動の始め方
数日後、思い切ってFLEXに足を運んだ。
エレベーターのドアが開いた瞬間、フロントと観葉植物が目に入る。
思っていたような“ギラギラしたジム”ではなく、落ち着いた雰囲気。
受付でスタッフが笑顔で迎えてくれた。
「ようこそ。今日はどんなことにお悩みですか?」
椅子に腰を下ろすと、不思議と胸の内をすべて話していた。
健康診断のこと。薬に頼りたくない思い。これまで続かなかった挫折のこと。
スタッフは否定せず、うなずきながら丁寧にメモを取る。
「まずは無理をしないで“習慣を作る”ことから始めましょう」
提案されたプランはこうだった。
– 週2回、30分の軽い筋トレ
– プールでのウォーキング
– 食事や睡眠のちょっとしたアドバイス
「運動は頑張りすぎなくても大丈夫。続けることが一番の力になります」
その言葉に、張り詰めていた心がふっとほどけた。
初めてマシンに座ったときは、手が震えていた。
けれどスタッフが横で「ゆっくりで大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。
その一言で、怖さより安心感の方が大きくなった。
挫折しそうになったときの工夫
入会して最初の1か月。
思ったような成果が出ず、心が折れそうになった。
体重は変わらず、お腹まわりもそのまま。
「やっぱり私には無理なのかも」
プールから上がった帰り道、車の中でため息をついた。
でもスタッフがこう言ってくれた。
「体力がついてくるのは3か月目くらいからです。
まずは“疲れにくくなった”感覚を探してみてください」
その言葉を意識してみると、確かに階段を上ったときの息切れが減っていた。
小さな変化が、心の奥で光を放つ。
忙しい日もあった。
夕飯の支度が頭をよぎり、「今日はやめよう」と思ったこともある。
でも「ストレッチとお風呂だけでも行こう」と自分に言い聞かせた。
“ゼロにしない”ことで習慣が途切れなかった。
「今日は来ただけで十分」
そう思えるようになったとき、ジムは義務ではなく、安心できる居場所になっていった。
数字も心も変わっていった
そして3か月後。
再検査の日、診察室の白い壁がやけに冷たく見えた。
名前を呼ばれる声に返事をしながらも、胸の奥はドキドキと騒いでいた。
医師がカルテをめくり、眉間のシワがふっと緩む。
「いいですね。この調子で続けましょう」
その一言で、目の奥が熱くなった。
血圧は安定し、血糖値も下がっている。
あれほど赤く塗りつぶされていた用紙は、ただの数字に戻っていた。
診察室を出たとき、足取りが驚くほど軽かった。
駅の階段を上っても息が切れない。
スーパーで買い物袋を片手に持っても肩がつらくない。
家に帰り、クローゼットの奥からあのワンピースを取り出す。
恐る恐るファスナーを上げると、するりと上まで上がった。
鏡に映る自分を見て、思わず声が漏れた。
「やっと、ここまで来たんだ」
数字の改善よりも、自分の心が変わったことが大きかった。
もう「できない」と思わない。
自分の体を信じていいんだと思えた。
「健康」を超えて手に入れたもの
健康を取り戻すことは、ただ薬を避けるためではなかった。
家事を終えても、まだ余裕が残る体力。
仕事帰りに、笑顔でスーパーに寄れる気持ち。
季節ごとの服を選ぶ楽しみ。
そして、鏡に映る自分を少し好きになれたこと。
あの日、スーパーの掲示板でチラシを見つけたこと。
電話をかける勇気を出したこと。
ほんの小さな選択が、私の毎日を大きく変えた。
「もう無理だ」と思っていた私でも変われた。
だから、次の健康診断が怖くない。
むしろ楽しみにすらなっている。
こちらは会員様から頂いた”健康診断にまつわるリアルなストーリー”を元に弊社専属ライターが読み物として楽しめるよう、ショートストーリーとして執筆しています。










